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大阪地方裁判所 平成3年(ヨ)307号 決定

当事者の表示は、別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  債権者らが、別紙二記載の平成三年二月一日付勤務時間割及び別紙三、四記載の同年三月一日付勤務時間割による債務者の業務命令(休憩時間については、業務の都合により変更することがある、との業務命令を含む。)に従い就労する義務のないことを仮に定める。

2 申立費用は、債務者の負担とする。

理由

(申立ての趣旨)

債務者が平成三年二月一日付でした別紙二(略)記載の勤務時間割(以下「本件勤務時間割一」という。)及び同年三月一日付でした別紙三、四(略)記載の勤務時間割(以下「本件勤務時間割二」という。)に業務命令(休憩時間については、業務の都合により変更することがある、との業務命令を含む。これらの業務命令を併せて、以下「本件業務命令」ということがある。)の効力を仮に停止する。

(事案の概要)

次の事実は、とくに注記したものを除き、当事者間に争いがない。

一  債務者は、昭和六二年一月二〇日に設立され、阪神高速道路公団(以下「公団」という。)との委託契約に基づき、阪神高速道路の交通管理業務及び料金収受業務の各一部等を行うことを業とする会社である。

債権者らは、いずれも債務者に雇用された労働者で、交通管理隊に編成され、阪神高速道路における交通の阻害要因となる交通事故や故障車、法令違反車及び落下物等を早期に発見、除去し、常に安全で円滑な交通を確保することを目的とする交通管理業務に従事している者で、昭和六三年一二月一四日からいずれも全日本港湾労働組合関西地方阪神支部(以下「支部」という。)に加入し、同支部阪神交通管理分会(以下「分会」という。なお、支部と分会とを特に区別せずに「組合」ということがある。)を結成している。

二  債権者ら交通管理隊員に適用される「阪神交通管理株式会社交通管理隊員就業規則」(昭和六二年一月二〇日阪神交通管理規程第五号、以下「就業規則」という。)には、隊員の勤務の種類は、日勤勤務と交替勤務に分かれる。交替勤務の勤務時間は、四週間を平均して一週間につき四八時間を超えない範囲内で業務に適合するように別に定めた勤務時間割により定められる。また、交替勤務者の休憩時間は一時間を下らない範囲において右勤務時間割により定める旨が規定され、これに基づき勤務時間割において、交替勤務者の勤務時間は始業時間が午後四時三〇分、終業時間が翌日午前一〇時三〇分の一八時間であり、休憩時間は、合計四時間になるように、四ツ橋(三班)及び湾岸の各班につき、個別に休憩開始時刻及び終了時刻が定められている(〈証拠略〉)。

2 債務者と分会との間には、かねて休憩時間の取扱等をめぐって労使間の対立がある。債権者らは、債務者が休憩時間を日勤勤務及び交替勤務の昼勤勤務で一時間とし、交替勤務の夜勤勤務で四時間として、その間の賃金を支払わないが、右「休憩時間」は、いつ臨時出動が指令されるかわからない拘束時間であって、債権者らは常に待機状態に置かれており、右「休憩時間」について時間外手当ないし深夜手当の支払業務があるなどと主張し、平成元年九月八日、その支払等を求める訴えを大阪地方裁判所に提起した(右提訴の事実〈証拠略〉によって疎明される。)。そして、債権者は、平成二年一一月三日、債務者に対し休憩時間は休憩し、休憩時間中における債務者の出動命令には一切応じない旨の通告をしたところ、債務者は、同日、交通管理隊員に対しこれまで事実上黙認されていた待機時間中の仮眠、入浴を禁じる旨の業務命令を発し、待機時間中に仮眠、入浴を行った隊員については当該時間の不就労を理由に賃金控除を行った。そのため、債権者らは、債務者を相手取って、大阪地方裁判所に右業務命令の効力停止などの仮処分命令を申し立てた(平成二年ヨ第二九七五号、以下「前件仮処分事件」という。)。

三  そして、前件仮処分事件係属中の平成三年一月三一日、債権者らと債務者との間で次のとおり裁判上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。

1  債務者は、平成二年一一月三日付業務命令を本日付をもって撤回し、待機時間の就労について、当面次のとおりの扱いとする。

〈1〉 以下に「待機時間」とは、拘束時間中の休憩時間以外の勤務時間であって、事案発生の連絡を待つとともに事案発生の連絡があった場合には出動するべく「待機」する以外の業務をとくに命じられていない時間をいうものとする。

〈2〉 交替勤務の夜勤勤務者の待機時間のうち、午後一一時から翌朝六時まで(以下「深夜時間帯」という。)の待機時間については、債務者は、休養室中での仮眠を許可するものとする。

〈3〉 待機時間中の入浴については、業務の必要に応じ、債務者は許可するものとする。

〈4〉 予め時刻を定めて巡回出動等の業務を命じられているときは、隊員は当該時刻の一〇分前までに事務所内にて待機するものとし、当該時刻には無線を開局し出動するものとする。

〈5〉 事案発生の連絡を受けて業務に出動する場合は、当該連絡を受けて五分以内に無線を開局し出動するものとする。

〈6〉 予め時刻を指定されて業務を命じられていたときには当該時刻に、事案発生の連絡を受けて業務に出動する場合には当該連絡を受けてから五分以内に、それぞれ出動できなかったときは、出動車両に乗務した隊員は連名で報告書を当日の業務終了前までに交通管理隊長宛に提出するものとする。

2  債務者が待機時間の就労について今後右の扱いを改変しようとする場合は、事前に組合と協議する。

四  債務者は、和解成立の日の翌日である平成三年二月一日、「待機時間の就労について」と題する書面をもって和解条項と同一内容(ただし、扱い変更の際の組合との協議条項を除く。)を隊員らに通知し、右業務命令を和解に基づき変更する旨を告知した。更にそれと同時に、和解時点で効力を有し執行されていた別紙一記載の平成二年八月六日付勤務時間割(以下「旧勤務時間割」という。)を組合に何らの通告、協議もなく本件勤務時間割一に変更した。

そして、債務者は、更に同年三月一日付で、従来の巡回班に加え、新たに総括班を設け、更に「休憩時間については、業務の都合により変更することがある。」を明文をもって定めることを内容とした本件勤務時間割二(巡回班の時間割は本件勤務時間割一と同じ。)を発した。

五  旧勤務時間割から本件勤務時間割一及び二への改訂により、深夜時間帯の待機時間が湾岸勤務の者で六時間が三時間に、四ツ橋勤務の者で三時間が二時間に、あるいは四時間が三時間に減少した。その結果深夜時間帯の休憩時間が増え、右時間以外の休憩時間が減少することとなった。

六  債務者は、本件和解当時、翌日付で勤務時間割の変更を予定していたが、その際債権者ら及び裁判所にその旨の説明をしなかった。

七  債務者は、本件業務命令に違反した場合は懲戒処分の対象となりうることを文書で告知した。

(争点)

一  本件業務命令が本件和解(待機時間の就労に関する扱いを改変する場合の組合との協議条項)に違反するか否か。

二  仮に違反しないとしても、債権者らがこれに従う義務があるか否か(本件業務命令が権利の濫用に当たるか否か。)。

三  本件業務命令の効力を仮に停止すべき緊急性があるか否か(保全の必要性の存否)。

(争点に対する判断)

一  本件業務命令が本件和解に違反するか否かについて

本件和解は、前記のとおり、待機時間を厳密に定義した上、交替勤務の夜勤勤務者の待機時間のうち深夜時間帯の待機時間について、債権者らが休養室中で仮眠をとること及び待機時間中に入浴することを許可するものとし、加えて、債務者が今後この扱いを改変しようとする場合は、事前に組合と協議することを債務者に義務付けたものであることが明らかである。

そして、本件和解に至る経緯をみると、前記争いのない事実及び疎明によれば、〈1〉債権者らの所属する分会は、かねて本来労働者が労働義務から解放されるべき休憩時間中においても、協力を要請するという名目で債務者が交通管理隊員に出動を命ずることがあったなどと主張し、債務者との間で休憩時間の取扱をめぐって対立していたところ、債務者のかかる取扱を改めさせるため、平成二年一一月三日、債務者に対し、休憩時間には文字どおり休憩し、債務者の出動要請には一切応じない旨を通告した、〈2〉債務者は、分会のとったかかる態度に対応し、同日付の業務命令をもって勤務時間を本来のあり方に戻すとし、原則として休憩時間中の出動は行わないこととする代わり、待機時間については債務者の指示を待つための本来の待機体制をとることとする旨を通知し、従来半ば黙認されていた待機時間中の入浴、仮眠を一切禁止する措置をとるとともに待機時間中に仮眠、入浴を行った隊員について当該時間の不就労を理由に賃金控除を行うという強硬手段に訴えた、〈3〉これに対し、債権者らは、待機時間中の仮眠、入浴を一律に禁止した右業務命令の効力停止を求める前件仮処分事件の申立てをし、その審理の過程で本件和解が成立したことが一応認められる。そして、本件和解においては、まず前件仮処分事件において効力停止を求める対象とされた待機時間中の仮眠、入浴を一律に禁止する旨の業務命令を債務者が撤回することが明記され、次いで待機時間中の仮眠、入浴等を原則的に債務者が許可する旨が合意されていることなどから考えると、本件和解の主眼はまず前件仮処分事件で問題とされた待機時間中の仮眠、入浴に関するルールを前記和解条項〈2〉、〈3〉のとおり確立し、債務者がこれに関する扱いを改変する場合には組合と事前に協議する旨を合意したものということができる。そうすると、本件和解によりその改変につき組合との協議が法律上義務付けられているのは、本件和解により合意された交替勤務の夜勤勤務者の待機時間のうち深夜時間帯における仮眠及び待機時間中の入浴の許可に関するものに限られるというほかない(その他和解条項(1)の〈4〉ないし〈6〉の扱いを改めるときも組合との協議を要することはいうまでもない。)。

本件勤務時間割一及び二は、交替勤務の夜勤勤務における待機時間と休憩時間の設定の仕方を改変したものであって、仮眠を許可する扱いとされた深夜時間帯の待機時間を減少させることになるものの、本件和解により合意された待機時間中の仮眠、入浴に関する扱いを直接に改変するものとはいいがたいから、債務者が組合に事前に協議することなく本件業務命令を発したことが直ちに本件和解に違反するものとまでいうことはできない。

二  本件業務命令の合理性等について

1  休憩に関し就業規則で定めるべき事項は、その時間(長さ)だけで足り、必ずしもその開始及び終了時刻を規定することを要せず、休憩の開始及び終了時刻を就業規則に規定せず個別的な業務命令をもって右時刻を設定する旨を定めたときは、そのような規定の仕方をすることに合理性があるかぎりにおいて労働者が右業務命令に従うべきことが具体的な労働契約の内容をなすものというべきである(労働基準法八九条一項一号)。

これを本件についてみると、前記のとおり、交替勤務者の休憩時間は、一時間を下らない範囲において勤務時間割によって定める旨が就業規則に規定され、債務者は、就業規則による委任に基づき業務命令として休憩時間の長さ、開始時刻及び終了時刻を定めた勤務時間割を作成しているものである。そして、債務者の行う業務の内容からして、年々流動する交通情勢の変遷に従い、迅速かつ適切に休憩時間を設定する必要性が高いことが審尋の全趣旨から一応認められるから、債務者が就業規則において休憩時間の開始及び終了時刻を具体的に定めず、これを債務者の個別的な業務命令たる勤務時間割に委ねたこと自体には一応の合理性があるというべきである。したがって、債務者が就業規則に基づき休憩の開始及び終了時刻を個別に業務命令をもって定めたときは、原則として労働者はこれに従うべき義務を負うものというべきである。

しかしながら、休憩時間は、労働時間の途中で労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間であるから(労基法三四条一項、三項)、その時間の長さのみならず、これを労働時間のどの時間帯に設定するかも、一般に労働条件に与える影響が少なくないというべきである。したがって、業務命令たる勤務時間割による休憩の開始及び終了時刻を変更することは、けっして無制約的に使用者の裁量に委ねられるものではなく、その変更につき業務上の必要性がないとき、あるいは業務上の必要性があっても、その変更が他の不当な動機、目的をもってなされたなど労使間の信義に著しく反するようなものであるときは、当該業務命令は、権利の濫用に当たるものとして、その効力を生じない場合があるというべきである。

2  そこで、検討すると、債権者らの所属する分会と債務者との間において、かねて休憩時間ないし待機時間の取扱について深刻な労使紛争があることは、前記認定のとおりである。そして、疎明及び審尋の全趣旨によれば、更に次の事実が一応認められる。

(1) 債務者は、交替勤務者の通常の休憩時間を、あらかじめ一般的、包括的に休憩時間を指定した業務命令である勤務時間割により定めているが、交通管理業務の性格上、休憩時間に入る前に事案発生があり、その処理が休憩時間までかかりそうな場合、あるいは休憩時間中に緊急の事案が発生した場合などには、具体的、個別的な業務命令で休憩時間を適宜変更し、勤務時間中の他の時間に休憩時間を振り替える措置をとってきた。

(2) かかる事情を背景に、休憩時間の配置についても労使間の重要な争点となっていた。債務者は、平成元年九月に債権者らから休憩時間が実質的には労働時間である趣旨の提訴を受けたことをきっかけに、待機就労の実態、緊急事案の発生等による休憩時間の変更等の実態について調査を始めたところ、当時の勤務時間割が、〈1〉休憩時間の直後に定期巡回が予定されているため定期巡回の出動の遅れの原因となる、〈2〉定期巡回の直後に休憩時間を設定している場合が多く、僅かな巡回時間の延長が休憩時間の開始時刻の変更につながる、〈3〉湾岸勤務の場合、事案が殆どない深夜時間帯を避けて四時間の休憩時間を設定しているため、事案発生の多い時間帯に休憩時間が多いという不合理が発生しており、また、深夜時間帯を避けて四時間の休憩時間を無理に設定しているため、右〈2〉の問題が深刻になっているなど、必ずしも合理的な内容になっていないと判断した。しかし、組合との摩擦をなるべく避けたいとの配慮から右弊害の是正を段階的に行うこととし、まず、〈1〉休憩時間と定期巡回との間に時間的余裕を持たせる、〈2〉是正のための深夜時間帯への新たな休憩時間の設定は各三〇分にとどめることを内容とした平成二年七月七日付勤務時間割(以下「旧々勤務時間割」という。)を制定した。ところが、右勤務時間割の変更により深夜時間帯における休憩時間を三〇分増加させたことを組合が問題視し、深夜手当が減少するなどとしてクレームをつけ、これに対し債務者が深夜手当の減額分については「緊急出動手当」でカバーする旨、また、「深夜時間帯は心身の疲労度が比較的高く、この時間帯に極力休息してもらいたいという考え方は組合の意にも沿うものと考える。」と回答したところ、組合は、「休憩時間の意義をいうなら、待機時間と明確に区別し、休憩時間としてきちんとするべきだ、従来は慣行として緊急の場合休憩時間を振り替えて出動に協力していたかもしれないが、現在の組合の主張は休憩時間には出動しない、これを振り替えて出動するこということには協力しないということだ、この点が明確になっていないのに、労使の協議も行わず会社側で一方的に休憩時間を変えるな、組合としては収入減を伴う今回の会社の一方的な押し付けは受け入れられない」と主張した。

(3) そして、かかる労使紛争をめぐり、組合から大阪府地方労働委員会に実効確保の申立てがなされ、その過程で債務者は、旧々勤務時間割を撤回し、深夜時間帯での休憩時間を増加させないように平成二年八月六日付で旧勤務時間割を実施することとした。

(4) 旧勤務時間割実施後も、なお休憩時間の取扱をめぐる労使間の対立が続き、組合が平成二年一一月三日に休憩時間中の出動命令には応じない旨の通告をし、その結果前記のとおり待機時間の就労方法をめぐる争いも加わって更に激しい労使対立を生じたのであるが、本件和解により待機時間の就労方法のほか、債権者ら交通管理隊員の出動の遅れ等をなくすための隊員の義務に関する条項及び債務者が本件和解において定められた扱いを改変する場合の分会との協議条項がそれぞれ定められた。

(5) 一方、債務者は、旧々勤務時間割を撤回した後も、巡回出動の遅れ等、勤務時間割の不合理性や勤務時間中の睡眠等の規律の緩みが原因と思われる不祥事が発生し公団から口頭及び文書による注意を受けるに至ったとして、同年一一月、勤務時間割の是正の準備を始めた。右是正の趣旨、内容は、右(2)で述べた趣旨とほぼ同旨であり、〈1〉定期巡回時間と休憩時間との間に余裕(待機時間)を持たせることにより、定期巡回出動の準備を可能にするとともに、わずかな巡回時間の伸びで休憩時間の変更とならないようにし、〈2〉湾岸勤務については、事案発生の少ない深夜時間帯に休憩時間を集中させ、巡回時間のわずかな伸びがそのまま休憩時間の変更につながるという弊害を是正し、休憩時間を確保しようというものであった。

(6) そして、債務者は、本件和解の日の翌日である平成三年二月一日、右内容を盛り込んだ本件勤務時間割一を作成・実施し、更に、同年三月一日、従来の勤務時間割はそのままにして、各班の出動の相互調整等をするため新たに総括班を設け、更に「休憩時間については、業務の都合により変更することがある。」旨を明文で定めた上、待機時間及び休憩の開始及び終了時刻を定めた本件勤務時間割二を作成・実施した。なお、旧勤務時間割から本件勤務時間割一の改変は、休憩時間(待機時間)の設定の仕方を改変しただけであり、定期巡回時刻の設定及びその時間を変更したものではない。

(7) 本件勤務時間割一及び二の実施により休憩時間となった湾岸勤務の午前一時から午前五時までにおける平成二年一一月から平成三年一月までの交通管理隊の出動例は、七回・四〇五分であり、右時間帯の総時間数(九二日間・二万二〇八〇分)に占める実作業時間の割合は約一・八パーセントである。

3  ところで、債務者が旧勤務時間割から本件勤務時間割一に変更した前項(5)記載の理由は、債務者の業務の適正化及び休憩時間の確保という観点から一応合理的(ママ)を有するというべきである。また、勤務時間割の変更により四ツ橋勤務及び湾岸勤務を通じ、最短で一時間、最長で三時間実労働時間が減少し、このことにより深夜手当の減少を来すことは明らかであるが、債務者は、本件勤務時間割一の実施により深夜手当が変動する場合には旧勤務時間割による同手当額を保証し、減少につながらない措置をとる旨を約していることが一応認められるから(〈証拠略〉)、右深夜手当の減少は実質的にはほぼ補填されているといえなくもない。

しかし、前記のとおり、債務者が公団から巡回出動の遅れ等、勤務時間割の不合理性や規律の緩みが原因であるとしか考えられない不祥事が発生したとして口頭及び文書により注意を受けたとはいえ(右「不祥事」の具体的内容及びこれが勤務時間割の不合理や規律の緩みに起因することは全疎明によっても明らかでないが、このことは暫くおくとしても)、規律の緩みの是正は、まさに本件和解により図られたというべきであるし(前記和解条項1の〈4〉ないし〈6〉参照)、勤務時間割の不合理性による巡回出動の遅れ(休憩時間の直後に定期巡回を設定していることによる巡回出動の遅れを指すと思われる。)も右和解条項によりほぼ解消されると考えられるから、本件和解当時効力を有していた旧勤務時間割をとくに二月一日付で抜本的に是正する差し迫った必要性があったとは考えがたい(公団との契約締結は毎年七月に行われ、これに基づく勤務時間割の変更が必要であった場合に該当しないし、現に本件勤務時間割一及び二も旧勤務時間割の定期巡回パターンを変更したものではない。)。

更に、深夜時間帯における休憩時間の増加は、他の時間帯における休憩時間の減少をもたらすことはいうまでもなく、とりわけ湾岸勤務者についてみれば、午後四時三〇分の始業から二回の定期巡回を経て翌日午前一時から休憩時間に至るまで連続八時間三〇分の実労働時間となるのであって、このことが労働基準法三四条一項に違反するものではないとしても(同条は、労働時間が八時間を超える場合にその労働時間の途中に少なくとも一時間の休憩を与えるべきことを定めたもので、休憩時間を労働時間のどこに設定するかを規律するものではない。)、労働条件に相当大きな変更を加えるものであることは否定できない(もっとも、そのうち六時間三〇分は待機時間であるが、本件和解により仮眠の認められる待機時間は午後一一時から午前一時までの二時間にすぎない。)。

また、前記認定のとおり、本件業務命令は、本件和解の翌日になされたものであるところ、本件和解は、直接には待機時間中の就労に関する扱いを合意し、今後右扱いを改変する場合には分会と協議することを定めたものであるが、待機時間の就労に関する扱いは、これと裏腹をなす休憩時間に関する紛争の一環をなし、これと密接に関連するものであることが前記労使間の紛争の経過からして明らかであるから、本件和解における右合意とりわけ労使間の協議条項は、前記説示のように法律上は右以外の事項にその適用がないとしても、少なくとも事実上、現在未解決の労使間の懸案事項について労使間の信頼関係を築く第一歩として位置付けられ、労使紛争の解決に資するものとして期待されていたというべきである。そして、休憩時間の設定については、前記のとおり、これに関する勤務時間割の定めの不合理性を是正する必要を感じていた債務者とこれに反対する組合とが鋭く対立しており、債務者において組合との摩擦を避けるためその段階的な是正をすべく深夜時間帯における休憩時間を増加させるが、その程度を各三〇分にとどめるなどの配慮をした旧々勤務時間割に対してすら組合から強い抗議を受け、結局債務者としては、やむなくこれを従来どおりの休憩時間の設定の仕方に戻して旧勤務時間割を作成・実施せざるを得なかった、というこれまでの労使紛争の経緯にかんがみると、債務者は、組合が深夜時間帯における休憩時間を増加させる勤務時間割の変更の可否がまさに労使間の最大の懸案事項であることを十分認識しながら、右是正を段階的に行うという配慮すら何ら行うことなく、しかも、労使間の協議義務を定めた本件和解の日の翌日に、一挙に各巡回班につき一時間から三時間にわたる大幅な深夜時間帯における休憩時間の増加措置をとったものである。かかる債務者の措置は、本件和解において期待された労使間の信頼回復に著しく背くもので、いたずらに労使間の信頼関係を破壊するものというほかない。しかも、本件勤務時間割一及び二は、深夜時間帯における休憩時間を増加させ、仮眠を原則として許可するものと本件和解で合意された深夜時間帯の待機時間を減少させるものであって、結果的に本件和解を部分的に潜脱するものといえなくもなく、債務者の主観的意図はともかくその不誠実性を顕著に示すものというほかない。

以上のとおり、本件勤務時間割一及び二の内容自体は、一応合理性を有することが否定できないものの、これを直ちに実施しなければならないほどの業務上の必要性があったとはとくに認めがたく、かつ、債権者ら交通管理隊員の労働条件に少なからぬ影響を及ぼすものである上に、本件和解の精神に実質的に違背し労使間の信頼関係を著しく損なう不当なものというほかない。そして、本件勤務時間割二のうち業務の都合により休憩時間を変更することがあるとの業務命令も、その内容自体の当否はともかく、まさに従来労使間の激しく対立していた懸案事項の一つであって、その効力の有無は、その余の本件業務命令と一体をなすものとして、これと同様の運命を辿らせるのが相当である。したがって、本件業務命令は、いずれも、債務者に委ねられた業務命令権を濫用した場合に該当し、無効というべきである。

三  保全の必要性について

ところで、本件仮処分は、債権者らが債務者から本件業務命令を受け、これを甘受せざるを得ない地位にあることを前提とし、これによって生ずる重大な損害を避けるために本件業務命令の効力が停止された権利状態を仮に形成するものであって、終局的に本件業務命令の無効を確認するものではないから、本件業務命令の効力を仮に停止したとしても、本件業務命令を拒否した債権者ら労働者に対する賃金控除、更には業務命令違反を理由とする懲戒処分等の効力が法律上当然に否定されるものではない。したがって、債務者が本件業務命令に従わない債権者らに対し賃金控除あるいは懲戒処分等を行うおそれがあるということが直ちに本件業務命令の効力を仮に停止すべき保全の必要性を基礎付けるものとはいえない。また本件申立ては、業務命令の無効確認請求を本案とする仮の地位を定める仮処分命令申立てであるから、債権者らにおいて本案判決を待っていては回復することのできない重大な損害が生ずる場合に限り発令が許されるものである(民事保全法二三条二項)。本件においては、前記のとおり、本件勤務時間割一及び二による深夜時間帯における休憩時間の増加(待機時間の減少)による深夜手当の減少は、ほぼ補填される見込みであるし、他の時間帯における休憩時間が減少しているものの、四ツ橋勤務においては一時間の減少にすぎず、また、湾岸勤務においては三時間の減少となるが(証拠略)によって窺われる湾岸勤務の勤務状況からして、いずれも右深夜時間帯以外の時間帯における休憩時間の減少が直ちに債権者ら交通管理隊員の健康等に著しい悪影響を与えるとも認めがたい。したがって、これらの点もいまだ本件仮処分の保全の必要性を基礎付けるものとしては不十分といわざるを得ない。

しかしながら、債務者は、会社設立直後の昭和六二年二月一日に勤務時間割を作成して以来、本件勤務時間割一に至るまで九回にわたり勤務時間割の変更を行っているところ(〈証拠略〉)、とくに公団との新年度の契約が締結される七月には毎年勤務時間割の変更がなされており、本件勤務時間割一及び二も平成三年七月頃に変更が予定され(〈証拠略〉)、その後も比較的頻繁にその変更が行われることが予想されるものである。そして債務者は、従来、勤務時間割の前記不合理な点を改善するのに、組合との摩擦をできるだけ避けるとの趣旨で、これを一挙に是正せず、段階的に行うとの配慮をしてきたのに、本件勤務時間割一及び二の実施に当たっては、かかる配慮すら全く行うことなく、債権者ら組合側に事前に何ら告知することなく本件和解を成立させた翌日にこれを強行したこと、その他債務者の本件仮処分事件の審尋の経過等にかんがみると、債務者が今後とも勤務時間割の変更に当たり、これに対する債権者らの利害を十分に考慮し、組合と誠実に協議を尽くすという姿勢をとることは全く期待できず、むしろ、今回と全く同様の方法で一方的にこれを強行するであろうことが容易に予想できるというべきである。そうすると、債権者らは、いつ債務者から労働条件の変更を伴う業務命令を一方的に受けるかも知れないきわめて不安定な地位に置かれることになり、前記のとおり、本件勤務時間割一及び二による労働条件の変更自体が債権者らに対し直ちに著しい損害を与えるものではないにしても、債権者らを将来にわたるかかる不安定な地位から救う必要性が高いといえる。以上の事情にかんがみると、本件において、債権者らが右業務命令に従い就労する義務のないことを仮に定める保全の必要性を肯認することができる。

なお、本件申立ての趣旨は、右業務命令の効力を仮に停止するよう求めたものであるが、本件についての本案訴訟の請求は、債権者らが本件業務命令に基づき就労する義務がないことの確認請求となるべきものであるから、本件仮処分申立ては、債権者らに対し本件業務命令により就労する義務のないことを仮に定める限度で認容すべきである。その結果、債権者らとしては、差し当たり旧勤務時間割に従い就労すべきことになるが、債権者らが旧勤務時間割に従い就労すべき義務があることを仮処分命令をもって仮に定めるまでの必要性はなく、また相当でもないから、主文においては特にこの点に掲記しない。

よって、債権者らの本件仮処分命令申立ては相当であるから、事案の性質上、債権者らに担保を立てさせないでこれを認容することとし、申立費用の負担につき民事保全法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 田中俊次)

当事者目録

債権者 小林匠

債権者 名幸芳明

債権者 井川徹

債権者 足立賢二

債権者 宮本国敏

債権者 阿弥鉄男

債権者 五味富男

債権者 東勝久

債権者 志馬宏行

債権者 中島康男

債権者 山本敏男

債権者 當房篤

債権者 大浜貴美

債権者 山上幸一

債権者 藤井和利

債権者 伊賀興一

債務者 阪神交通管理株式会社

右代表者代表取締役 藤岡格

右代理人弁護士 竹林節治

同 福島正

同 松下守男

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